会員リレートーク
1972卒
安部 眞彦さん
出会い
「時は流れるのではなく積み重ねるものだ」と言われる。高校卒業後半世紀が過ぎ、過ぎにし方を振り返ることが多くなってきた。古希を過ぎると人恋しくなるものである。
高校時代はまさに夜明け前の時代であった。先のことは何も見えず漠とした不安を抱えながら6時30分のバスで登校し暗くなって帰宅していた。深夜放送のオールナイトニッポン、セイヤングを聞きながら同世代の息吹を感じていた。この多感な時期、同じ場所で同じ時間と同じ情報を共有した者のみが分かち合える大切なものがある。今思うに、これが自らの根っ子になっている。
高校教員となり、時は経っても15歳から18歳のこの時代は自らが感じていた不安や葛藤、希望は何ら変わるものではない。彼らもまた夜明け前の時間を過ごしていた。上野丘高校から36年間の教員生活であった。多くの時間を生徒たちと共に過ごしたことが財産である。その学校ごとの生徒たちとは今も交流がある。これが私の心の勲章である。
平成21年秋、野津高校での教頭の時、同級生の安藤哲夫君と偶然にも再会した。この出会いは私の人生に多大な影響を与えることになった。「眞彦君、辛島文雄のコンサートを野津でしないか」これを受けて平成22年6月、野津の同世代の親父たちと「八幡の杜夕暮れJazz In」を野津中央公民館で開催した。辛島文雄トリオ Piano 辛島文雄、Dram 髙橋信之介 Base 井上陽介 である。コンサート後、宿での懇親会では辛島さんを囲んで地元の仲間たちと酒を酌み交わし大いに盛り上がった。
このコンサートは翌年も2回目を開催した。これを皮切りに思いもよらぬ世界につながった。FMの「ハイカラ食堂」、OBSラジオの「おやじパラダイス」への出演。辛島さんが帰郷した時には安藤君と一緒に臼杵でふぐ料理を楽しんだ。辛島さんの上野丘高校時代、九大でのJazzにかかわった時代のことなど楽しい時間を過ごした。ライブハウスBrick blockにも足しげく通ったものだ。それまで知らなかった世界がどんどん広がり予想だにしない展開が次々に起こった。Jazzの世界に誘ってくれた安藤君に改めて感謝する。
大分南高校の校長の時、30周年記念行事の一つとして文化祭で辛島文雄さん(お父様が校歌作曲)を招いてブラスバンドとの共演(事前の練習から参加)を実施した。生徒たちは忘れがたい経験と感動を得たのと感想が寄せられた。残念なことに辛島文雄さんは平成29年68歳でお亡くなりになった。数々の思い出に改めて感謝しご冥福を祈る。
安藤君との出会いから広がった世界は自分の人生を大いに豊かにしてくれた。偶然の出会いとはいえ元は臼杵高校での出会いがあってからのことである。時を経てもあの夜明け前の混沌とした時間を共に過ごした仲間だからこその出会いである。根っ子は大事なことだ。
同窓会への寄稿に寄せて改めて臼杵高校時代のつながりの大切さを再確認できた。皆もそれぞれの出会いがあり、それぞれの積み重ねの上に今があると思う。時折、あの頃を思い出しながら日々を充実して過ごしたいものだ。
ネットワークとフットワーク、事に当たってはスクラムトライで同窓会をより充実したものにして欲しい。今後の発展を期待し、協力してゆく所存である。
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